高校生の頃、初めて宮本輝さんの『錦繍(きんしゅう)』を読んだときの衝撃は、何十年経っても忘れられません。
まだ世の中のことも大人の世界も何も知らなかった十代の私にとって、それは「かつて夫婦だった男女の、泥々とした心中事件や離婚の真相」がこれでもかと赤裸々につづられた、ただただ圧倒される生々しい告白劇でした。
背伸びして覗き見てはいけない大人の暗がりを、息を詰めて見つめているような感覚だったのを覚えています。
それから長い年月が経ち、50代を迎えた今。 ふとオーディブル(Audible)で配信されているのを見かけ、「懐かしいな」くらいの軽い気持ちで再生ボタンを押しました。
家事の合間や移動中、イヤホンから流れてくる言葉に耳を傾けていたのですが、聴き進めるうちに思わず足が止まりました。
「あれ……『錦繍』って、こんなに面白い小説だったっけ?」と。
十代の頃の自分にはまるで見えていなかった人間という生き物の不可解さ、どうしようもなさ、そして愛おしさが、プロの朗読による「声」を通して、ダイレクトに胸の奥へ刺さってきたのです。
今回は、今なお多くの人に読み継がれている名作『錦繍』のあらすじや意味に触れつつ、年齢を重ねてオーディブルで聴き直したからこそ腑に落ちた「人間の本当の姿」について書いてみます。
3分でわかる宮本輝『錦繍』のあらすじとタイトルの意味
まずは物語の前提として、あらすじとタイトルの持つ意味を簡潔に振り返ります。
あらすじ 十年ぶりの偶然から始まる往復書簡
かつて夫婦だった靖子(あきこ)と有馬。
平穏だったはずの二人の生活は、夫である有馬が起こした「クラブのホステスとの不可解な心中未遂事件」によって突然引き裂かれ、離婚という形で幕を閉じました。
それから十年の歳月が流れた秋、蔵王の地で二人は偶然の再会を果たします。
「前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした」
物語はこの有名な手紙の書き出しから始まります。
全編が、二人が交わす「往復書簡(手紙のやり取り)」だけで進む異色の構成です。
互いに心に鍵をかけて封印していたあの事件の真相、拭いきれない後悔や孤独が、一通また一通と手紙を重ねるごとに静かに解きほぐされていきます。
タイトル「錦繍」の意味
「錦繍(きんしゅう)」とは、美しく織り上げられた織物や、紅葉が錦(にしき)のように色鮮やかに重なり合う情景を指す言葉です。
しかしこの物語において描かれるのは、決して美しいだけの人生ではありません。
善意も悪意も、弱さも執着も、さまざまな色の糸が複雑に絡み合いながら、傷だらけの人生がそれでも一枚の織物のように紡ぎ出されていく――その業(ごう)と美しさを象徴しているのだと感じます。
時代を超えて心を揺さぶる名作|高校生の衝撃と50代の納得
十代の私が感じた「泥々としたスキャンダルの真相劇」という印象は、50代になった今、完全に覆されました。
半世紀近く生きてきて、自分自身も周囲の人々も色々な人生の波を経験した今だからこそ、深く頷いてしまうリアルがここにはありました。
「なぜあの時あんなことになったのか」という人生の不思議
若い頃は、「なぜそんなことをしたのか」「なぜ我慢できなかったのか」と、出来事の理由や正しさを白黒つけて理解しようとしていました。
作中の心中事件も、有馬の弱さや理不尽な身勝手さに見えていたのだと思います。
けれど50代になった今、自分の人生や身の回りを振り返ってみると、後からどれだけ真剣に考察してみたところで「なんであの時はあんなことになってしまったのだろう」と首を傾げるしかないような、不思議な巡り合わせや選択が誰の身にも起こり得るのだと実感します。
理屈や正論では説明のつかないエアポケットのような出来事が、人生には確かに存在するのです。
人間は正しいことばかりをする生き物ではない
人は誰しも、常に理性的で、正しく誠実に生きられるわけではありません。
大変自分勝手で、その場の感情に流され、衝動的に行動してしまう瞬間を抱えているのが、人間の本当の姿なのだと思います。
もちろん人によってその度合いは違いますし、置かれた環境やタイミングの問題もあって、誰もが常に身勝手な行動を起こすわけではありません。
だからこそ、「なぜあの人が」「なぜあのタイミングで」という不可解さが生まれる。
弱さや狡さ、後悔を抱えながらも、なんとか折り合いをつけて生きていく登場人物たちの姿に、大人になった今だからこそ強烈に惹きつけられ、「本当に人間って面白い」と唸らざるを得ないのです。
オーディブル(朗読)だからこそ引き込まれる理由
今回、紙の本ではなくオーディブルで聴き直したことも、作品の魅力を何倍にも引き立ててくれました。
『錦繍』は手紙のやり取りだけで進む物語です。
文字を目で追っている時はどこか「文章」として読んでいたものが、プロの朗読者による声として耳に届いた瞬間、それは登場人物が目の前で語りかけてくる「生々しい告白」へと変化しました。
便箋に向かってペンを走らせる息遣い、言葉を選びあぐねている沈黙の間(ま)、取り繕えない感情の揺らぎが、声のトーンを通じて直接耳に入ってきます。
家事の手を動かしながら、あるいは夜の一人の時間にイヤホンで聴いていると、まるで自分宛てに届いた手紙を夜更けに一通ずつ開封して読んでいるかのような、濃密な没入感を味わうことができました。
おわりに
高校生の頃の瑞々しい感性で出会った名作に、50代になって再び巡り合い、今度は人生の厚みとともに味わい直す。
これほど贅沢な読書体験はありません。
若い頃に読んだきり本棚に眠っているという方や、大人の複雑な人間ドラマをじっくり味わいたい方にこそ、ぜひ手に取ってほしい――いえ、耳を傾けてみてほしい作品です。
人間は決して完全でも正しくもないけれど、だからこそ愛おしく、生きることは面白い。
二人が手紙を通じて過去と対峙し、新たな一歩を踏み出していく姿は、これからの人生を歩んでいくための静かな勇気を与えてくれるはずです。

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