世間で絶賛されている作品や、本屋大賞を受賞した作家さんの新作を手に取るとき、私たちは無意識に「きっと素晴らしい体験ができるはず」と期待を膨らませてしまうものです。
しかし、実際に読み始めてみると、どうにも物語に没入できず、心が置いてけぼりになってしまう。そんな経験はないでしょうか。
今回、私は町田そのこさんの最新作『蛍たちの祈り』をオーディブルで聴きました。
非常に評価の高い一冊ですが、結果として今の私には、あまり響くところがなかったのです。
なぜ、これほどの名作が心に残らなかったのか。
そこには私の好みや作品そのものの良し悪しとは別に、読書における「タイミング」という大きな壁がありました。
今回は、その違和感の正体について率直に綴ってみたいと思います。
既視感が邪魔をした読書体験
なぜ、今回このような感想になってしまったのか?
自分なりに分析してみると、それは作品の質の問題ではなく、私自身の「読書の状態」に原因がありました。
実は最近、大人の身勝手や不遇な環境によって、子供が過酷な人生を歩む物語を立て続けに読んでいたのです。
本だけでなく、ドラマや映画も似た環境の作品をたくさん観ていました。
本作もまた、そうした重いテーマを孕んでいます。
私の中ですでにその手の苦しみが飽和状態になっており、物語が動き出しても「またこのパターンか」という既視感が先に立ってしまいました。
私は親や大人が子育てを放棄してしまう話に対して、強い拒絶感があります。
ニュースや人伝に聞く噂も、強い憤りを感じてしまうほど苦手なのです。
もちろん、このような環境で育っている人が少なくない現実も知っています。
だからこそ「なんとかならないものか……」というやるせなさが募り、そのイライラが読書の妨げになってしまったのだと思います。
読書は今の自分との共同作業
どんなに素晴らしい名作であっても、受け取る側のタイミングが合わなければ、その輝きをまっすぐに受け取ることは難しくなるのですね。
- 直前にどんな本やメディアに触れていたか
- 今、現実生活で何に心を使っているか
- どんな感情を作品に求めているのか
読書とは、作家が差し出した物語と、その時の自分のコンディションが合わさって生まれる化学反応のようなものなのですね。
今回は、たまたま私の心のパレットが、その物語の色を受け入れられない状態だったのだと思います。
このことに気づくと、乱読、乱視聴ができなくなってくる・・・
違和感こそが今の自分を教えてくれる
「せっかく話題の本を読んだのに、心が動かなかった」という事実に直面すると、以前の私なら自分の感性が鈍っているのではないかと不安になっていたかもしれません。
残念ではあるのですが、今は、その違和感を大切にしたいと考えています。
「今はこういうテーマを受け止めきれない時期なんだな」
「次はもっと違う空気感の物語を求めているんだな」
そうやって自分の現在地を素直に認めることで、無理に感動を探す疲れから解放されます。
もし、話題の本を読んで心が動かなかったとしても、それはあなたの感性が間違っているのではなく、単に「今はその時ではない」というだけのこと。
その「響かなかった」という率直な感覚こそが、今の自分にとって一番リアルで誠実な読書記録になるのだと思います。
同じようにドラマや映画も楽しい作品とシリアスな作品をなるべく交互に観るようにしています!
まとめ 自分の心地よさを優先する作品選び
読書や映画鑑賞は、本来自由で楽しいものであるはずです。
世間の評価や「今読むべき」という風潮に縛られすぎず、自分の心の状態に耳を傾けることの大切さを改めて感じました。
しばらくは、今回のような重いテーマからは少し距離を置いて、心がふんわりと軽くなるような作品や、全く別の視点を与えてくれるようなジャンルに触れてみたいと思います。
みなさんも、もし「話題作なのに響かない」と感じることがあったら、それは心が「今は別のものを求めているよ」と教えてくれているサインかもしれません。
そんな時は自分の感覚を信じて、今の自分が一番心地よいと思える一冊を探してみてはいかがでしょうか。

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